小泉『Breeders』

数メートル先の視界をも遮る濃霧がこの広大な敷地内全体を覆っている。どこからか「ゴオォォ...」と大量の水の流れる音が聞こえてくる、鬱蒼とした深い森の中を進むこと、数時間。

ようやく霧が晴れてきたなと思った時、上空に浮かぶ巨大な塊が私達の前に姿を現した。
「これは...なんて大きい..これは一体何なのですか?!」
「これが、この区域一帯に清浄な水をレプリケートし、供給する水源であり、そして『翼馬』の保護.繁殖のための空中研究施設である『Naga raja』です。」
と、少し自慢気に説明を続けるこの「太刀熊」と名のる男は、自らを「Breeder」達に仕える者だという。


「翼馬は人間の身勝手により狩猟の対象になり乱獲され、生息数は激減、絶滅の危機に瀕してしまいました。悲しいことですな。」
「なるほど~、それで今は何頭いるのですか?その..ペガサ..」
「うほん!『翼馬』は一時は僅か10頭ほどになってしまいましたが、Breederによって現在ではこのエリア内だけでも300頭にまで繁殖させることに成功いたしました。」
「こちらをお使いください。」
と差し出された双眼鏡を覗いていると、
「あっ!黒いのが一頭...」
「お気付きになりましたか。黒い個体はおおよそ100年に一頭の確率で生まれてくるようです。」
「おっ、翼を広げた!飛ぶかしら?ん、ん~、飛ばないか...飛ぶところを見たかったのに~」
「飛びませんね..私も黒い彼が飛んでいるところを見たことがありません」
「何故なんですか?まだ未熟だからとか?それに一頭だけなんだか孤独で寂しそう...黒いから除け者にされているとか?」
「いいえ、彼らは元々仲間思いの生物ですし、彼はもう身体は十分に成長して飛行する能力もあるはずですがね。そう...もしかしたら、真の主に出会うのを待っているのかもしれません。そのお方が現れた時、初めて空に飛び上がるのかも...」
と言って、太刀熊はニヤリとしながら私の方を見た。
「??へ~、ははは..」
私はどう返していいか困りながら、もう一度、黒いヤツのほうを見ると、一瞬、彼に跨った黒い騎士の幻を見た...
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この箱舟の存在理由と上からの風景と下からのギャップもそれは素晴しいものだと感動しました。