是空 :『Durchsichtiges Wasser』((秋の頃の)澄んだ水の事)それは、長い眠りについていた。薄光の中で、静かに物思いに耽っているようだった。
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それ、は綺麗な弧に、雲を引いた。
響き渡る風切り音。
空中に張り巡らされた艦の侵入を防ぐ為の阻塞気球を係留しているワイヤーが次々に切ら
れていく。
入港している敵重巡洋艦、駆逐艦からの対空砲火に臆することなく接近し搭載機銃で
敵砲門を封じながら舞う。


敵艦の乗員の中には、それ、のあまりの美しさに見蕩れてしまう者もいた。
やがて侵入路を切り開いた、それ、は瞬く間に光となって雲海に消えていった。
ワイヤーが寸断され、阻塞気球が散り散りになった敵の要塞地帯に巨大な艦が侵攻してい
く。
大日本帝国海軍 大和級参番艦 空母信濃を含む機動艦隊であった。
空母信濃から艦載機が轟音を立てて飛び立っていく頃。
同、大日本帝国海軍 大和級参番艦 信濃 格納庫。
翼を休めている、それ、が居た。
パイロットが降機し、出迎えた士官が敬礼し声をかける。
「鷹見少尉殿、お見事。」
「いえ、自分の手柄ではありません。この、秋水のおかげです。名のとおりの機体です
。」
「秋水、か」士官は少し俯き加減になりながら返事をした。

初期に搭載されていた、あまりに安定しない特呂型から、特”駆”型に発動機に載せ替え、
試験運用を行っている機体であり秋水改と呼ばれている。
胴体から後退ぎみに直接付けられた短い後退翼、そしてその両後縁から伸びている日本刀
を思わせる可変ブレード。このブレードで防空線を切断し、活路を見いたす。
運用自体も特殊であった。

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あれはいつの事だったか。華々しい戦果をあげ、毎日が歓喜に湧いた日々は。
あれはいつの事だったか。次々と重厚な装備をした艦載機が飛び立っていったのは。
あれはいつの事だったか。自分を護るための仲間達が花火のように散っていったのは。
あれはいつの事だったか……
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